2度の結婚披露パーティ

結婚したのは主人と私が24歳のとき。
東京の閑静な住宅街にあるレストランを貸し切ってウェディングパーティをしました。
まだ若かったから、式にそれほどお金をかけられなかったということもありますが、
披露宴という形式ばったものよりカジュアルな会費制の立食パーティ形式にしたかったからです。

招待客は友人と親戚のみ。
会社の人を呼んだ場合、上司の方を立ちっぱなしにさせるのも申し訳ないし、ご祝儀などをいただいた場合もお礼が大変だなあと思い(だから会費制にしたのです)、会社の人には「身内だけで式だけをやります」と言ってありました。
私の方はラフな業種ということもあり、会社の者同士でも結婚式に呼ぶようなことがほとんどなかったのですが、主人の方の会社は少し堅い昔ながらの会社で、式には「上司がスピーチ」「お祝いは部全員で1人いくら」などこれまでの風習が残っている感じでした。
ですので、主人が「身内だけで」と言ったときは、上司の方は少し寂しそうだったそうです。

自分たちの希望どおりの立食パーティをして、新婚旅行から帰ってきたときのことです。
なんと主人の会社の人たちが、手作り結婚披露宴をしてくれることになったのです。
主人の話によると、「若くして結婚したから金もないだろう。でも披露宴は奥さんも喜ぶししといた方がいいぞ。」と上司や先輩が考えてくれたらしいのです。

なんて主人はいい方たちと仕事をしているのだろうとびっくりしました。
心遣いがとても嬉しかったです!

が…もう口が裂けてもパーティをしたなんて言えないです。

当日は夕方から区のホールのような場所を披露宴の会場にセッティングして行いました。
飲み会の延長のような感じでもありますが、準備もお料理の手配もしていただいたうえに、社長さんからのスピーチ、先輩たち(男性)の手作りウエディングケーキ、余興。。。と本当にうれしくて涙が出ました。

今もそのことを思い出すと、結婚式や披露宴はちゃんとやってもよかったかなーと思うこともあります。自分も少し歳をとったので、今結婚式をするなら、親戚の方はもちろん、お世話になっている方はきちんとお呼びするべきかも、とも思います。いろいろな人に支えられて生活しているのですから・・・

でも、今でももちろん、会社の人が家に来るときは、友人たちとの立食パーティの写真をしまうことは忘れないように気を付けています。

結婚は出会った時に決まっているのではないかと思います。

結婚というのは意識をしなくても、来る時には来ると言うことを、今になって分かりました。
結婚したいと思うことは、今まで何度となくありましたが、そのたびに「この女性で良いのか」と思うことが多かったのも事実です。
この女性でいいものかと、自問をしないといけない時点で、結婚をするべきではないのかもしれないですね。

出会った時にこの人しかいない、と断言出来るような恋であれば問題はないでしょうし、後からいろんな出来事が待ち受けていますから、一緒に乗り越えられるような人でないといけません。
最初から不安があるようでは、結婚後を心配してしまうのも、無理はないでしょうね。

しかし、結婚のことを考えると今の嫁の場合は、全く違いましたね。
「この人と結婚するだろう」と始めてデートした時に分かりましたね。
さらに言えば、この人と結婚すれば家庭は円満な家庭が出来ると、想像できたのも事実ですね。

真剣にお付き合いをするまで分からないこともありますが、大きな部分、人間的な良さはお付き合いの部分で、ほとんどのことは分かると思うのです。
その時に。この人は内心からキレイな心の持ち主だ、と思うようになりましたね。

彼女(嫁)とデートをしていると、自分にはもったいないと思うことが多かったのですが、今もたまに自分の嫁が自分の嫁なのか不安に思うことがあります。
1年で結婚という話になりましたが、それまでほとんどケンカというものはなかったです。

結婚式の段取りの時にケンカになって、多分向こうはマリッジブルーになったのではないでしょうか。
マリッジブルーに、なりたいが為の作戦だったのかもしれないですけどね。
その時は、結婚が破談になるかもしれないと思う程のケンカになりましたが、まあ、結婚出来て良かったと思います。

今は昔話で話が出来るので、良い思い出ということで収まるでしょう。
結婚してない人は、結婚とは出会った時に決まっていると思えば、楽になると思いますよ。

タイプじゃない人との結婚

結婚してから約1年半、本当に仲良くやっています。親友のような間柄なので、それこそラブラブといった感じではありませんが、凄く気楽でありのままの自分でいれるので、この人と結婚してよかったなぁと思います。

しかしそんな私ですが、はっきり言って主人は全くタイプではありませんでした。顔はさておき、性格です。私は男らしいひとが好きなのですが、うちの主人はどちらかと言うとなよなよしています。

最初は共通の友人と皆で遊んだことで出会いました。お互い顔見知り程度でしたが、意気投合し、2人で遊ぶ機会も増えたものの、これといった男女のような関係には全くならず、会えばお互い今日あった面白い話、過去の話、仕事の話、共通の友人の話、たまにはバカをやって遊ぶという関係でした。当時の主人には好きな人もいてその相談に乗ったりしていました。結局うまくいかなかったようですが。そうして約2年が過ぎても、友人関係が続いていました。

そして、私に彼氏が出来たのです。幾ら友達とは言え彼氏からしたら私が男の人と2人きりで遊ぶのはいい気がしないだろうと思い、もうあまり遊べなくなることを今の主人に伝えました。最初は祝福してくれたのですが、次第に悲しそうな表情になり、やっぱり嫌だなと言われました。私は当時の彼が好きでしたが、正直もう遊べないんだと思うと寂しい気持ちがあったのです。しかしそれではいけないと、一生会えないわけじゃないから、と言い、その日から会いませんでした。

そして数か月が過ぎ、私は彼氏とうまくいかず、別れました。付き合っている間に、面白いことがあると話したいなと思うのは彼氏の方ではありませんでした。結局私は、主人のことをいつの間にか好きになっていたことに、彼氏ができてからやっと気づきました。それだけが別れの原因ではなかったのですが、その時の彼には申し訳なかったなと思います。そしてその後、もう彼女できたかなとハラハラしながら主人に電話をしました。すぐにでて、彼氏と別れたことをつたえるとすぐに会おうと言われ、会うとすぐに車を走らせ、向かったのは地元の有名な夜景スポットでした。何となくわかっていたのですが、そこで告白され、付き合う事になりました。その時が唯一のロマンチックな夜だったなと今では思います。プロポーズも特にありませんでしたし。

それから約5年が経ち、入籍しました。付き合っても結婚しても変わらず今日会った面白い話等で笑いあっています。正直最初であった時は主人と結婚するとは夢にも思っていなかったので、人生わからないものだなと思います。もし、男の人とあまりうまくいかず悩んでる方がいらしたら、少しタイプの違う男性にも目を向けてみるのもいいかもしれません。

5年後のもとさや結婚

私は高校の17歳から付き合っている彼がいました。
1つ年下で、私はバレー部、彼はバスケ部で、
部活を通して知り合って16歳と17歳という年齢で交際を始めました。
彼も、私もお互い一目惚れでした。
付き合ってすぐ、高校生なのに、成人したら結婚しようね、などと
約束したり、子どもながらに夢をもったりして
毎日たのしい学校生活でした。
そして、私が高校を卒業して、短大に通うようになって、
彼はまだ高校3年。それでも交際は続いていて
その次の年、私が短大2年の成人した年、彼は大工さんになりました。
お家が工務店だったので、跡継ぎをしたのです。
そして、彼が20歳になって、いよいよ結婚かと思ったんですが、ずるずると
結婚までは至らず、ただ続けて交際するだけでした。
そして、周囲や親たちからも、結婚の催促がではじめた26の時、
突然
彼が、浮気をして、なんとその浮気相手と結婚したいから別れてくれと言いだしたのです。
勝手に別れてくれといいだし、連絡もシャットアウトされ
相手の親にも、彼の偽装工作で、
私のありもしない悪口を叩き込んで、「あいつが浮気したらか別れたんだ」
などというように話が作られていたため、
相手の両親からも、電話もシャットアウトされてしまって散々でした。
私は、よく話し合いたいからと何度も彼宅に伺いましたが、ストーカー扱いされそうになり、
納得できないまま、そのままお別れしました。
そして、彼はそのままその浮気相手と結婚したのです。信じられませんでした。
私はうつ病になって、会社を辞めざる終えませんでした。
そうして、4年くらいたったころ、彼が離婚したという噂を友人から聞いたのです。
でも私は今、病気療養中だし、無職だったので特になにも反応しませんでした。
もちろん未婚です。
それからです。
なんと彼から連絡があって、今までのことを謝りたい、家の親も謝りたいと言っている。
と電話があり、
両家で家族会議がありました。
そして今までの彼の悪態を懺悔されたあと、もう一度交際を申し込まれ
私は無職&うつ病になったのは誰のせいかと、慰謝料も貰わずに婚約破棄までされ
今更なんだ。と言いましたが、
別れて5年後、いろいろと条件をつけて
その元彼ともとさやで結婚しました。
周囲からは反対されましたが、私には彼しかいないと思っていたので…。
もちろん、工務店さんなので、庭付き新築一軒家&三食昼寝つきを一生の条件に
誓約書を書いてもらっての結婚です。

恋愛・結婚・妊娠 トントン拍子の私の恋愛

現在の旦那と出会ったのが専門学校の時です。出会って何かを感じて、一ヶ月でお付き合いが始まりました。お互い奥手なタイプで手をつなぐことすらできず、気がつけばなんと2年が経っていました。卒業記念に旅行に行くことになり、そこで観光地を周っているときに初めて旦那が手をとってきて一言「手、つないでいい?」と。そんなこと聞かずさらっと手を繋いでくれればいいのにと思いつつ無言で手を握り返したことを今でも鮮明に覚えています。あの時は本当にピュアという言葉が似合うカップルだったと思います。専門学校卒業後、違う職場ですが同じ職につきました。三交替シフト制の仕事だったため、なかなか休みが合わない中月に一度やっと合う休みに会ったり、こまめに連絡を取るようにしていました。会えないもどかしさから結婚したら一緒にいられると思いましたが、親が許してくれるわけがないと思い、とりあえず同棲できないかな?と旦那に言ったところ、それでも親に挨拶をしないとと言われました。本当にどこまでも誠実な旦那です。お互いまず親に話したところ、「同棲するくらいなら結婚したらいいんじゃない?」と言われ、思わず「・・・いいの?」と聞いてしまいました。その年のクリスマスに改めてプロポーズされ、お互いの親に挨拶と顔合わせをし5月に入籍することができました。それから結婚式を挙げることになり、やはり付き合った記念日に入籍したのだから結婚式も同じ日にしようということで平日だったのですが決定し、ちょうど一年後に結婚式をすることになりました。しかし入籍4ヶ月後に妊娠が分かり、結婚式の頃には臨月頃なのでどうしようか迷いましたが、なんとかなるという性格だったので中止はしませんでした。が、結婚式が行われる月になったときに切迫早産になってしまい、なんとか入院はやめてもらって自宅安静。でもいろいろと準備しなければならないので外出したりして、ほかは安静にしたりと大変な日々でした。でもなんとか挙式は無事終了し、翌月が予定日だったのですが予定日を過ぎても生まれないという、これまたのんきな赤ちゃんでした。そんな娘も今四ヶ月です。二人目も二学年差で希望しているのですが、トントン拍子の私の人生、きっと授かってくれることと思います。

披露宴よりもフォトウェディング!

私は結婚するにあたって、挙式・披露宴は行わずに、フォトウェディングを選びました。
元々、挙式・披露宴に対する憧れがなく、準備が面倒そう、ゲストのマナーの悪さなどが気になり、行わない事を決意しました。
でも、ドレスに対する憧れはありました。
しかも、有名なブランドドレスが着たいという願望が。
なので、フォトウェディングという形をとることにしました。

インターネットで衣裳屋さんを探し、憧れのブランドドレスを扱っているお店を見つけて予約しました。
iPadで着たいドレスをピックアップし、早速試着します。
ウェディングドレスは、その時の新作を選びました。
プリンセスラインで、トレーンが長く、とてもゴージャスなものでした。

ウェディングドレスは即決したのですが、カラードレスは少々悩みました。
それまでのカラードレスのイメージは、単色物でしたが、お店の人に柄物も可愛いですよ、と勧められ、
試着してみると、想像よりとても可愛かったのです。
単色もとても可愛かったのですが、悩みに悩んで柄物にしました。

折角のフォトウェディング。ドレスだけではなく、和装も着ました。
白無垢は、頭がリボンになっているとても個性的なものを選びました。
色打掛は、洋柄にしました。赤をメインに、グラデーションがとても綺麗なものを選びました。

写真撮影当日は、ドレスは洋館を貸し切り、撮影に臨みました。
洋館とドレスの雰囲気があっていて、とても満足な仕上がりになりました。

和装は、日本庭園に出向いて撮影しました。
こちらも、とても雰囲気のある写真になっていました。

ドレスや場所にこだわることができたので、フォトウェディングに大満足しています。
形に残りますし、なにより憧れのブランドドレスが着られたことが、とても嬉しく思っています。

今の現状に満足しているのか、我慢しているのか

私は恋愛体質だと自分で思っています。
恋をしていない日はない、好きな人がいなときはないほど、恋愛という物自体が好きなのかもしれません。
好きな人がいないとか、そんな日々が続くだけで他の人よりも焦ってしまってこの状況を早く打破するように合コンに行ったり、出会い系サイトを覗いたりと一人でいるのが寂しいのかもしれないし、恋愛というものを味わいたいだけなのかもしれませんが、そこは自分でも自分のことなのにわからないのです。
そんな私の現在の恋愛は普通ではないのです。
私は純粋に片思いしているのですが、その相手には彼女がいるのです。
私の恋愛している相手は会社の先輩でもあり上司でもある4つ上の人です。
初めて会った時から一目ぼれし、その人が希望する部署の先輩と知ってからこの気持ちは抑えれなくなったのです。
入社してしばらくしてその人に大学から付き合っている遠距離の彼女がいると知った時はショックでしたが、それを出さないようにあえて聞きたくもないのに彼女の話を聞いたりしていました。
その人は仕事もでき人望も厚く、そして見た目もドストライクな人なので、中々諦めることが出来なかったのです。
もちろん彼女持ちにちょっかいを出したとこなんて今まで一度もなかったのですが、その人を忘れるためにいろんな人と付き合いましたが、やっぱりこの人以上に好きと思える人がいなかったのです。
ここまで自分の中で留まる人もおらず、自分でも今までにない恋愛だと感じていました。
それから2年ほどしたくらいにはお互い凄く仲良くなり、一緒にご飯に行ったりするようになり、私は会社でキスをして彼が嫌がらなかったことから二人の間に変な関係ができてきたのです。
彼の家に遊びに行くということもでき始め、そしていつの間にか体の関係にまで発展しました。
普通にはたから見ると、ただの身体だけの関係、いいように扱われていると思われるかもしれないのですが、彼は決して遊び人タイプではなく、慎重で何事も真面目です。
なので何度かこの関係はダメだと言われたのですが、お互い一緒にいたり遊んだり食べたりする時間は心地よかったのです。
なのでこの関係がずるずると続いているのです。
私は出かけたりお互いの家に泊まったり、キスしたり旅行にも行き、誕生日もお祝いしあったりしている関係に満足しているのかもしれないのです。
でもいつ捨てられるか、急に彼女のほうに重心が向くかもしれないという恐怖心はあるので、少しずつ他の男性も見なければと思い出会いを自分から求めようとはしています。

私に必要なのは安心感でした。

彼は高校からの友達。
遊び友達の一人だったのですが、「前から好きだった」って出会って2年目くらいに告白されました。
その時は別の人と恋愛中だったし、正直タイプではなかったので「ごめんなさい」とお断りしました。

当時の私は、顔はやんちゃでちょっと悪そうな感じだけど中身は優しくて男前、身長は180センチ以上に憧れていましたからね。
でも私って好きになると相手を追いかけるタイプで、自分のものにするためにあの手この手をつくしていました。
実際にそれで私は映画の「先生」に憧れてホントの先生とも付き合ったことがあります。
でもそうやってつきあい始めても、だんだん大事にされている感じが薄くなっていくんですよね。
特に見た目が好みすぎると、相手がだんだん余裕を持ちはじめるんです。

別れる前には何日も連絡がとれなくなったり女の影がちらついたりと、メンタル的にもかなり追い込まれました。

恋愛を経験するうちに、見た目から恋に落ちるのは良くない、もっと私を大事にしてくれて、価値観が合う人がいいと思うようになりました。
顔で選んだ人とは長続きしない、恋愛に必要なのは安心感だと気づきはじめました。

そんな私のそばにずっといてくれたのが今の彼です。
愛されている方が恋愛はうまくいくことを実感したのは、彼とつきあい出してから。
彼は私のことをすごく尊重してくれます。愛情深く、思いやりにあふれた人です。

お互い同じ体育会系でサービス業だからノリも合うし、仕事の相談もできる。
物事を引きずらない大人だから、ケンカしても30分で仲直りできる。
何より友達時代から尊敬できる部分が多い人でした。

友達期間が長かったこともあるのでしょうか、つきあってすぐに結婚を意識するようになりました。
共有してきた長い時間もあったと思うけど、お互いの生きてきた感覚がそばにいて心地よいのです。

4年くらいつきあった前の彼とは先が見える感じがしませんでした。
時間がたつにつれて二人の価値観にずれが出たり、雑につきあっている感じがしていました。
前の彼は、見た目は最後まで好みだったけど、なんかこの人じゃないなって思って別れました。

今の彼とは呼吸する感覚も安心感があるんです。
彼の実家のご両親の雰囲気もうちとそっくり。
将来は家の両親みたいな夫婦になるんだろうなって思うとちょっと複雑なんですけどね(笑)
子供のことも具体的に考えることができて、早くその日が訪れるといいなと願うようになりました。
できれば29歳で子供を産みたいから、結婚を決める日も近いと思います。

理想と現実のプロポーズの結果

プロポーズは、結婚を申し込む一大イベントである。
そしてその形は様々あるし、人に「理想のプロポーズは?」と聞けば、
サプライズが良いとか、お家の中でや、夜景の見えるレストランとか、色々な理想を誰もが抱えてるはず。

私だって、理想はあった。
だけど、理想通りであれば幸せかと言えば、現実はそんな事ない。

私が最初に結婚を意識したのは、初めて男性と同棲をした時。
結婚なんて考えてもいなかった。
それなのに、男性の母親が「早く孫に会わせてね」と言ってきたのだ。
それもまだ同棲して3ヶ月という時期に、しかもプロポーズさえされてないのに。
重荷となりその2ヶ月後に破局した。

その次に付き合った男性とは、遠距離恋愛だった。
自分でお店を経営してる人で、ちょっと我儘な男性だけど、「将来一緒にお店を手伝って欲しい。嫁として。」と遠距離恋愛中の電話越しのプロポーズに、私は心を弾ませ、結婚してもいいなと心から思った。

だけどそれから一向に結婚の話が進まない。私が彼の元へ引越すという計画を立ててたのに、彼は一人暮らし用の部屋から出ようとしない。
口では将来の夢の話は出るのに行動は正反対。
結局は喧嘩となり、そのまま破局となった。

そして、次に付き合ったのは、30代後半のバツイチの男性。
結婚に失敗はしてるものの、将来は子供がいる家庭が欲しいと夢見てるため、結婚願望はあるみたいだった。

だけど待っても待っても、プロポーズの言葉が来ない。
一緒に生活するようにもなったし、誕生日やクリスマスを2度見送ったが、一向にプロポーズしてくれない。
彼も私も、お互い年齢を気にする年なのに、結婚の気配が無い。

私はもう待ちきれなくて「一体いつになったらお嫁にしてくれるの?」と怒ったのだ。
彼は驚いたように「結婚するよ。でもまだ待ってくれ。タイミングがあるだろう?」と。

仕方なく、私はもう1年待つが、まだ結婚の気配が無い。
「今度の夏の連休に、私の実家に行こう。そこで娘さんを僕に下さいと言って!そしてその次の私達の記念日に入籍するの。」

なんとも強引にスケジュールを立てて、それを押し付けた所、「分かったよ。」と結婚を承諾したのだ。

可愛げのない、逆プロポーズである。
理想とはほど遠い、切ないくらいの逆プロポーズとなり、そして彼は夫となった。

理想に当てはまれば、それが幸せを保証してくれるわけでも無く、また今は女が待つ時代でも無くなったみたい。

理想のプロポーズと、
現実のプロポーズは、
全く違うものにはなったが、

それでも今の私は、幸せである。

結婚相手はやはりビビッとくるもんだった。

30歳までいろんな人とお付き合いをしましたが、付き合ってる間は楽しかったし、幸せだったし、ずっと一緒に居たいと思っていたのですが、ゴールは結婚って訳ではないと思っていました。
結婚したくないと言い切れる訳ではなかったのですが、結婚にそれほど夢も見ていなかったというのが正直なところでしょうか。
適齢期と言われる25歳を過ぎた頃に周りの友人の結婚、出産ラッシュでしたが、結婚式に出席しても、ご祝儀が痛いな…と感じる事はあっても、
周りの友人のように、いつか私もウェディングドレスが着たいとか、結婚式に参加したら結婚意欲が増すなんてこともなし。
そうやって30歳まで彼氏はいましたし、20代前半で結婚しようねと言われた事もあったけど、結果仕事が忙しくなって楽しくなり、そのまま疎遠になって別れるといったパターン。
そういうもんだと思っていたのですが、30歳で出会った今の彼は、学生の頃同じ学校に通っていたのですが、マンモス校だったので、校舎も選択教科も違った為、接点は全く無かった人です。
30歳という節目の年に懐かしい仲間で集まり、同窓会のような事を繰り返していたのですが、その中で初めて仲良くなったのです。
私の理想はずっと5歳位年の離れた大人の男性。
彼は同い年で、友達として仲良くしていたのですが、話してると盛り上がり、二人で食事に行くようになりました。
好きな事や趣味など共通点も多く、時間を忘れるような彼との時間が新鮮でした。
こういう人と結婚したらきっと、ずっと仲の良い夫婦になるんだろうなとふと考えたのです。
お酒を一緒に飲んでる時によぎったその言葉。
付き合ってもいない彼が(君といると彼女っていうか家族みたい。結婚してもこんな感じのままなんだろうな)と口に出したのです。
私は頭で考えてる事が口に出たのかと思い、驚いて、同じような事を思っていた事を彼に伝えました。
付き合おうの言葉に(結婚を前提に)と彼が言ってくれた事から交際は始りました。
目と目があってビビっとくる衝撃ではなく、考え方のリンクにビビッときてからは
この人と結婚するんだとしか思えなくなりました。
情熱的に燃えがる恋愛ではなく、こうなる事はすでに決まっていたかの様な出会い。
きっと学生時代に二人が出会っていたらこの人生はなかったんだと思います。
お互い学生時代の時には別々の相手にコテンパンに振り回されていましたし。
お金の事など二人でゆっくり話しあい、やっと今年結婚する事になりました。
彼の両親もとても良い人で、この両親の娘になりたいと心から思い、両親に対してもビビっときたのです。
恋愛から結婚は山あり谷ありなんていう人もいますが、私たちの場合は穏やかで自然の流れのように弊害もなくきました。